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終戦後における哈爾濱総領事館員の動静 残留者名簿

総領事 宮川 船夫 分離年月日 二一、二、二四 分離の場所 ノボニコリスク収容所 理由 訊問の爲 備考 モスコーに赴きたる模様 領事 太田 日出雄 分離年月日 同 分離の場所 同 理由 同 備考 同 領事 古屋 克正 分離年月日 二二、一〇、三 分離の場所 ウオロシ…

三、入蘇後の概況

九月二十八日ウオロシーロフ市内の某収容所(後にウオロシーロフ地区第二収容所となる)に、到着、ここで我々に対する再度の経歴調査あり、独逸人二名、白系露人二名は数日後何れかに連行された。ここには満人約六百名、憲兵特務機関関係者約百名の収容者が…

二、哈爾濱出発迄の状況

九月八日夕刻、ソ軍將校 〇訪「三十分程お話を承り度い」とて〇て進駐軍司令部に提出せる館員リストに基き太田領事、古〇領事、道〇副領事、目代、大神田、綱島、柘植、〇谷、村上、中島、丸山、酒井、鍬本、押野各書記生、宮本、〇〇各通訳生の氏名を読み上…

一、終戰前後における哈爾濱の状況

一、終戰前後における哈爾濱の状況 昭和二十年八月九日ソ軍の満州國攻撃が開始されるや、哈爾濱には同日午前三時ごろソ軍の爆撃機が飛來し市内浜江駅に爆弾を投下倉庫一棟が炎上した。 ソ軍は瞬く間に國境線を突破し、刻々牡丹江、哈爾濱方面に進撃中との報…

六、日本軍捕虜に対するソ連の赤化工作について

日本軍捕虜に対するソ連の赤化工作について 日本軍捕虜に対するソ連の赤化工作には少なからぬ熱意が拂われ、又相当な効果を挙げて居るものと思われる。捕虜に対する赤化工作の魁として、二十年の末ごろからハバロフスクにおいて「日本新聞」が発行され、各収…